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ただ今制作中C

■2005年7月8日

ただ今制作中の作品は、初ジョリーお姐様(私より随分若いのに!)です。

私はよくWOWOWの「Hollywood Express」とかテレビ愛知の「SHOWBIZ COUTDOWN」で新作映画情報を仕入れるのですが、どちらも30分と短時 間だし結構ふんだんに映像とかインタビューを流してくれるので、映画の雰囲気が伝わってきます。
「SHOWBIZ〜」の方はナビゲーターの衛藤利恵さんのお言葉がかな〜り痛烈だったり(笑)

で、今注目作は、ご存知「ミリオンダラー〜」の脚本をものした才人ポール・ハギスの初監督作「クラッシュ」かな。
これはグランドホテル形式で描かれた、人種問題がテーマの映画ということ。アメリカでは長〜くランクインしてました。
やはり人間の魂を凝視していく人というのは人種問題は避けて通れないところでしょうか。

面白そうだなと思ったのが、ジョリー、ブラピ初共演作「Mr.& Mrs.Smith」でのご夫妻ぶり。
これはどう見ても奥様が勝ってますなあ(笑)アクションシーンも凄そうだったし。
ヘビーアンドライトな二本ですね。

それでジョリー嬢が描きたくなったのですが、いつもながら写真探しに苦労しました^^;
99年にブレイクしたジョリーの「狂っちゃいないぜ」や「17才のカルテ」の華やかオーラとはじけっぷりは尋常ではありませんでしたが、 「ボーン・コレクター」の警察官姿もきりり格好良くて、まあ色々探してやっぱララちゃんできまり(笑)といったところ。

アクティブな女性は編み込み一本おさげなんだなぁ。
そういえば「ミリダラ」のヒラリーちゃんもそうでしたね^^
そうそう、ジェダイの騎士にも細いおさげがありましたっけ。

しかしアップする以上は、途中は途中なりに作品としてひどくないものをと思っているのですが―
というのは、どうも私は全体を同時に仕上げていくというのが出来なくて、つい顔―特に目そして口、鼻と細部から描きすぎる癖が あってバランスが壊れているなぁ〜
これがなかなか一気には直りません^^;
今回はどうでしょう。。。


ただ今制作中B&イーストウッド来日譚

■2005年5月22日

え〜、ただいま制作中なのは「パイレーツ〜2」が現在撮影中ということで、ジョニデさまの海賊姿。
本当はもっと早く描きたかったのですが、製作がブラッカイマーなのがなんだかなぁだったからついつい後回しになってしまいました。。。
でもこのスパロウ船長のヴィジュアルは、シザーハンズのエドワードとインパクトの強さでは双璧かな? やっと素敵写真(^^)が手に入ったのでがんばってま〜す♪
それにしてもこの顎ヒゲ二股三つ編みって・・・

さて05年は信じられないようなビッグニュースが相次ぎます!!
日本にやって来ない来ないとずーーーっと思われ続けていたイーストウッド(以下CE)が今年4月3日に来日したのです!!!

実はCEはかつて一度だけ来日しているのですが、それはなんと今を遡ること43年前!なのですよ。
こう書けばCEの来日がどれだけビックリなことか、少し分かっていただけるでしょうか。
だって、日本はハリウッド映画(最近はアジア映画もですが)にとって第二のといえるほど大きな市場ですから、それこそ有名スターは しょっちゅう入れ替わり立ち代りで、絶えず誰かが来日なさっている状態ですからね。
驚くべき来日なんてそうあるものではありません。

CEは、自分の完成した映画のプロモーションにあちこち出掛けるような人ではないのです。 例外としては映画祭に出品参加するようなときぐらいでしょうか。
だから来日の間が空けば空くほど、いったい次に日本に来るときとはどういう状況でなのだろうかとずーっと待っていたのですが、やはり 今回の43年ぶりの来日はただ事ではないようですね。

次作"Frags of Our Fathers"の製作準備のためで、これは第二次大戦で最大の激戦地となった硫黄島の戦いを回顧しながら描かれる、アメリ カ人兵士だった父とその息子の映画ということです。
またこの映画に関しては特筆すべきことに、同一テーマによる日本サイドからの日本人監督作も、CEが同時に製作することを発表していますから、 相当のプロジェクトになるようです。またこれは日本にとっても大変な作品になりそうな予感がします。

ところでその43年前のCEの初来日ですが、流石に私も知りませんでした(本当です―笑)。 それであちこち古本屋さんやら図書館に行って調べてみたのですが、、、

1962年2月21日から3月3日まで、これは当時テレビで放送されていた人気西部劇「ローハイド」のキャンペーンというかファンサービスで しょうか。
隊長フェイバーさんことエリック・フレミング、料理番のおじいさんウィッシュボンさんことポール・ブリネガーらと三人で。
彼は若き!副隊長ロディーを演じていたのです。

招待したのはスポンサーだった寿屋(当時)ことサントリーで、時の社長は就任2年目の佐治敬三氏。この方はCMにはいくらお金をかけて もよいというその頃としては画期的な方針を打ち出し、業績を大きく伸ばしたカリスマ社長でしたが、ダンディーとして有名で ご機嫌のよい日には社長室で革スリッパを打ち鳴らしながらあのローレン♪ローレン〜♪の歌を披露していらっしゃったそうです。

さて2月21日夜、羽田空港にカウボーイ姿で三人は降り立ったのですがこのときの騒動はスゴかったようです。
さしずめ今の韓流ブームと似ているといえばいえるのでしょうか。もう少しファン層は広かったでしょうが、翌日の全国紙の見出しにも 「羽田空港、空前の人出」とあり七千人のファンが出迎えたそうです。

その夜のことは、新藤兼人監督もある雑誌の中で次のように書いていらっしゃいました。
まだお若かった監督がたまたま知人のお宅に滞在していらっしゃった日のことで、そのお宅の息子さんとお手伝いさんのお二人が 「ローハイド」の三人が羽田に来るーっということで一目見ようと出掛けて行かれたそうです。
しばらくしてやっと帰ってきたので聞くと、お手伝いさんのほうは人、人、人で「な〜んにも見えなかった」状態。しかし息子さんのほう はTシャツにフェイバーさんのサインをしっかりと書いてもらっていました。
そして監督をして、たとえアメリカ合衆国の大統領が来たとしてもこれほどの歓迎はうけなかっただろうと言わしめていたのです。

彼らは東京から箱根、そして奈良、京都にまで足を伸ばし、いたるところで歓迎され、東大寺の南大門前や京都のお寺の境内で撮られた 写真なども残っています。
エリック・フレミングは帰国後のインタビューで、その時の感激や日本料理の美しさなどに触れ、また引退後には箱根に住みたいとまで 語っていました。

そしてこの後、運命の歯車は大きく回りはじめます。
ちょうどこの頃、前年(61年)製作された黒澤  明監督の「用心棒」がアメリカでも公開され、CEはこれを観ています。 翌年63年11月ケネディー大統領が暗殺され、以降アメリカはベトナム戦争が泥沼化へと向かっていき、そして 64年春CEは「ローハイド」撮影の休暇中にイタリア、スペインへ行っていよいよ映画初主演作「荒野の用心棒」を撮るのです。

CEのイタリア製西部劇がヨーロッパや日本で大ヒットしていた66年、7年半続いた「ローハイド」が終了し、前年一足先にこの番組を 降りていたエリック・フレミングは、新しいドラマを南米で撮影していた9月、痛ましいことにカヌー転覆事故のため非業の最期をとげます。
まさに運命が明暗を分かつ、という言葉がありますが、本当にこのようなことがあるのかと思わせられる悲劇的な事件でした。

当時イタリア製西部劇第3作にあたる「続・夕陽のガンマン」撮影中だったCEは急遽葬儀のために帰国したそうです。
「荒野の用心棒」が著作権問題でアメリカで初上映されたのは他国より遅れて67年2月厳寒のニューヨークからでしたから、ついにエリック ・フレミングはこれを観る事は無かったわけです。
彼はその時42歳。母親と二人暮らしで幼少年時代は29年の大恐慌の直撃を受け、その点では30年生まれのCEも同様の苦労が あったわけですが、家庭的に恵まれず悲惨と言ってもよい境遇の中で育った人でした。
そんな中からやっと這い上がって俳優としての地位を築きつつあった最中での事故死だったのです。

今日CEの、生涯を映画に捧げることを決意しているかのような仕事ぶりを見るにつけても、無念の死を遂げた友である亡きエリック・ フレミングに心の中で誓ったものがあるように思われるのは私だけでしょうか。

再びの来日がこれほどまでに間が空いたということに、色々と思いを巡らせてしまいました。
それでは今回はこのへんで。。。
読んで下さって有難うございました。


祝、「ミリオンダラー・ベイビー」アカデミー賞4部門受賞!!

■2005年3月23日

2月28日、私は朝からテレビの前でドキドキしながら第77回アカデミー授賞式の発表を見守っていましたが、クリント・イーストウッド最新作 「ミリオンダラー・ベイビー」が作品賞、監督賞、そして主演女優賞(ヒラリー・スワンク)、助演男優賞(モーガン・フリーマン)と、 実に主要4部門を獲得してなんだか自分のことのように感激したものです。

しかし今頃こういう題名でかかせていただくのも、気が抜けたサイダーのようでどうもすみません^^; 仕事に追われているうちに(昨年お絵かきに時間を取りすぎたツケが年度末にドドッときてしまい・・・)、あれから3週間が過ぎてしまい ました。でもわが子の合格発表でもないのにどうしてこんなに嬉しいんでしょうね。

さて、この「ミリオン〜」という映画で、イーストウッドは製作・監督・音楽と共に古いボクシングジムのオーナー、フランキー・ダンを演 じます(久々にスクリーン登場!)。そのジムの片隅に居候している元ボクサー通称スクラップがモーガン・フリーマン。そしてそこに ボクシングで人生をたて直そうと決心した32歳のウェートレス、マギーことヒラリー・スワンクが現れて・・・。 ボクシングという格闘技の世界が背景ですが、あくまで愛を語った人間ドラマということですから、6月公開が本当に待たれます。

思えば年1本、このところ2年に1本(?)になってきましたがクリント様の新作が見られることを楽しみにしてきた長年のファンとしては、 彼が俳優としても、監督としても、昨今いよいよそのキャリアの頂点に名実共に到達しつつあるのではと感慨深いものがあります。そして 今年2005年は彼にとって俳優歴50年(主演第一作より41年)という節目にもあたるのですね。

TVスターだったイーストウッドは、64年イタリア製西部劇でブレイクした後本国アメリカに帰り、自らマルパソという製作会社をつくって、以降いわゆる スーパーヒーローを演じ続け、娯楽アクション映画のジャンル開拓と言う困難な仕事に粉骨砕身するのですが、その奮闘の結果は、マネーメイ キングスターベスト10に68年から実に21回にわたって選出(内5回ベスト1)され続けたという事実からもよくうかがえます。

70年代、80年代の作品がどれほど(!)気韻に満ちて忘れがたく魅力的であっても、超人的に活躍するというだけでアカデミー賞の対象にはなれないのですね(笑) (ショーン・コネリーも同様でしたが)今日のアメリカ映画の隆盛をみるにつけても、一体誰が支えてきたのかと、これは声を大にして 言いたい思いがしますね。
特にイーストウッドは観客への責任のみならず、後に続く映画人たちへの影響度の大きさといった点からも、その功績ははかり知れないも のがあるのではないでしょうか。

そして90年代の半ば頃から(「マディソン郡の橋」あたりからでしょうか)、次世代が育ったことを見届けたように、アクション・スター としての重責からやっと解放されて、ジャンルに関わりなく作りたい映画だけを作るという状況を彼は手に入れたのではないかと私は思っています。

さて彼の前には、現在唯一つ主演男優賞というものが残されています。進化と研鑽の道を歩む人にとって時は一番の味方だとは思いますが、長 い時が経たなければ本物が分からない、というのはやはり悲しいことですね。それだけの忍耐が課されるという点で・・・
私が言うのもおこがましいのですが、すでに75歳になろうとするこれだけの人に、アカデミー協会のメンバーたちは未だに・・・などと非難す るのはやめておきましょう。
もしかしたら、神が仕組まれたドラマは人知を超えて劇的であるのかもしれないですしね。まだその過程は現在進行形なのだと思います。 そういった意味でも、私にとって彼の新作情報とインタビュー記事は、今もって値千金なのです。

ただ、俳優としての評価が定まるまでに、何故これほどまでに時間を要するのかという理由ですが、これは私見なのですが、おそらく 方法論の違いによるものではないのだろうかと思っているのです。
何故なら全く独断ですみませんが、私は彼のことをもうかなり昔から「緑色の目の能役者」、それも「シテの中のシテ」と認識しているからです。 かなりユニークな見方と思われると思いますが、小さな個人サイトですのでどうか好きにかかせてくださいね。

先日NHKBSで放送されたアクターズスタジオ・インタビュー、イーストウッド編で、作家ノーマン・メイラーが彼を「もっともアメリカ的な 人物」と語ったとありましたが、たしかに彼は西部劇から出発し、ジャズ、R&Bを愛好し、つまりアメリカの文化を極めて大切にしている人ですし、 それらを大きな高みにまで引き上げようと大変な貢献もしています。
しかし私はそれだけでは語りきれないもう一つの重要な側面があるように見えてしかたがないのです。 それはもしかしたら、私が「荒野の用心棒」からファンになったからかもしれません。

この主演第一作は、ご存知のように日本の黒沢明の「用心棒」のリメイクだったのですが、それが出演をOKした理由でもあったようです。 イーストウッド自身先ほどのインタビューの中で、「大好きな作品」であり、三船演技を「真似た」と語っていましたからね。
でも、私は思うのですがそれは「真似た」どころではない、まさに本物。彼は「用心棒」を観て「思い出した」のではないかといえるほど、 その歩き方、立ち姿、身のこなしといったものから、日本の伝統芸能で言うところの鍛錬という言葉を連想してしまうのです。その印象は以後ずっと変わらずに今日 まで続いています。

本当に不思議なことに、70年代の一風変わった西部劇「荒野のストレンジャー」という作品を観た少し後だったでしょうか。偶然手に入れ た能に関する本(「能の表現―その逆説の美学」増田正造著)の中で「夢幻能」という言葉を見つけたときには少なからず驚いて、この人 はもしかしたら能役者の再来ではないのか、という思いをますます強くしたものです。
実際イーストウッドを語ろうとするときに、その演技に関してでも、作品に関してでもですが最も相応しい言葉は「能」の用語の中に見つ かるような気がするのですね。

そこから、どうしてこの人は監督、主演という困難な仕事をやり続けることが出来るのかとか、あるいは前述した「荒野のストレンジャー」 や「ペイルライダー」そして「真夜中のサバナ」といった特異な霊的な映画があるのかといったことの理由にまで繋がっていくようで・・・。
まあこれはかなり独自の見方であることはわかっているのですが(笑)。

今回はあまり長くなってもいけないので、そろそろこのあたりで止めておきますね。思いつくまままとまりもなく書かせていただきましたが、 拙文読んで下さった皆様、本当に有難うございました。

「ミリオンダラー・ベイビー」乞うご期待ですよ!それではまた^^


ただ今制作中A

■2005年2月8日

忘れていたわけではないのですが、やっと2005年になりました(今頃(^^;))

前回少し触れましたイーストウッド最新作!!「ミリオンダラー・ベイビー」ですが、現在本国アメリカでは大変な話題になっているようです。
次々と新しい情報が入ってくるものですから、もう少し待ってと思っている内に2月に入ってしまいました。何とか次回は2月27日(日本時間28日)のアカデミー賞発表前にご紹介できたらと思っています。(まだ観たわけではないのですが)

そこで、とりあえず今回は軽〜く。
現在制作中のポートレートは、今日本で大注目の岡田准一くんです^^
ミーハーと言わないでくださいね(笑)

准一くんは2年前くらいから注目していた男の子。V6の中ではほとんど無名だったのに、彼がセンターに来ると俄然オーラを放っていました。将来、30〜40代になった頃シリアスなドラマを演ると似合いそうなタイプなのではと密かに思っておりました。だからこんなに早くブレイクするなんて嬉しいような淋しいような(?)もう親心ですね。

それから美咲ちゃんは「呪怨」から。あっと言う間に殺されて勿体無いことを。

紗世ちゃんは日本経○新聞のCMから。柴咲コウさんの妹みたいな感じでしたが、Mei●iのチョコCMで黒髪になってから驚くほどの美しさにビックリ。ViViのモデルさんだったんですね。

という具合に私は(でもあくまで個人的な好みですから、スミマセン)新星発見も趣味の一つ(笑)なのです。
そして現在目が離せないのが「木更津キャッツアイ」に出ていた塚本高史くんかな。今後乞うご期待です♪

なので「タイガー&ドラゴン」は私に言わせるとゼイタクすぎです〜。
みんな出ている!


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